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<<<<<< 左大臣助平(スケヒラ)の悩み「夜中の厠」 >>>>>>

 一般的に男は壮年期を迎える頃になると、心は未だ青年なれど、哀しいかな身体は正直者であり、体の各所が意に反して、徐々に素直ではなくなってくる。

 勿論助平も例外ではない。頭の中は全く少年期の域を脱してはいないが、身体の不都合は例外なく、忍び寄ってきたようだ。
 時として、肝心の処がハレてくるなら文句は無いが、その奧の前立腺なる部品が腫れてしまい、小水の出に極めて不都合が生じてしまったようだ。

 婆やの話によると、助平は幼少の頃、夜中に一人で厠に行けなかったそうだ。
 当時の事である、夜中といってもせいぜい九時、十時。
 その頃は極めて臆病少年であった助平は(今でも左程変りはないが)、夕食後の歯磨き、風呂など尻叩かれつつ形だけ済ませ、「ボヨーンボヨーン」と、柱時計のひどく間延びした音が七つ程響きわたる頃になると、舟漕ぎが始まり、八時を待たずに布団に潜り込んだか寝たかの早業であったそうな。

 もっとも寝る前には必ず婆やの「お小水は済ませましたか」の一言背に受け、しぶしぶ厠に立つようであったが、時折睡魔に勝てず  「たれたー」と出まかせを言い、そのまま布団にバッタンキュー。 

 しかし助平にとって、世の中はその当時から既に甘くはなかったようだ。悲しいかな十時頃になると必ず尿意に目覚め、厠に行くにも怖くて行けず。結局婆やの裾にしがみつき、恐る恐る用足ししたとか。

 時として、その様にして用を足した筈であったのだが、残念なことにそれは夢の中の出来事であり、出た小水のみ本物であったという、悲しい現実に気付いた時は既に夜明け。
 見事に描かれた台湾あたりかと思しき地図布団。婆やに小言云われつつ干される度に、周囲に猫の仕業とまくし立て、トボケの基盤は既にこの頃からか。

 成長と共に、さすがに厠騒ぎで婆やの手を煩わせることもなくなったが、なにせ苦労の意味もろくすっぽ解らぬまま、うっかり歳を重ねてしまった助平のこと。聡明・機敏なる言葉は、残念ながら彼の脳ミソの中には存在しない。

 ここ最近、助平の様子を窺ってみると、なにやら彼の下半身の様子がおかしいようだ。
 近所のアラ拾いのご婦人に「赤いチャンチャンコお召しになる日もいよいよお近くなられましたね。」と言われた途端、一気に老け込み、同時に小水の出が心細くなったとか。

 どうやら度々夜中に尿意を覚え、たまらず目が覚めてしまうようだ。しかし幼少の頃より身に付いたものぐさは今更治しようもなく、布団の中でグズグズうとうと。
 結局我慢の糸が切れ、真っ暗闇の中足元定まらず、僅か5間(約9m)にも満たぬ距離を、あっちにゴッツン・こっちにゴツン。挙句、小便器ではふらついて用足せず、便座にヘタリ込む始末。

 暫し後チンチロ、チョロチョロ、チンチロリン、晩秋の虫の音にも似た弱弱しき放尿音。終わったかと思うとまた始まり、呆れるほどの時間をかけて用を足す。

 これには彼もさすがに心細くなり、朝食の味噌汁こぼしつつ遠慮がちにグチこぼし。


助平 最近どうやら頻尿になったようだ。切れも悪い、困ったものよ。

: 切れの悪いのは、お小水ではなくオツムのほうではありませぬか。尤もそれを申しあげたところで、今更どうなるものでもないでしょうが。

助平 それを言っては実も蓋もない。しかし毎晩夜中に小水騒ぎでは、余はたまらん。寝不足で死んでしまうやも知れん。

: 朝の六時が何ゆえ夜中なのです?朝の小水はどなたでも当り前のこと。心配などいりませぬ。

助平: 何を申すか。余は夜中真っ暗闇の中を大変な思いで用足ししておる。
 聞いた途端、家族一同、爺・婆や、呆れ顔にて口々に、「誰だって眠ったまま厠に立てば、真っ暗闇でございましょう。よくもまあ、お漏らしされないものだと、感心さえ致します。」
 その言葉背に浴びつつ、助平厠に逃げ込み、それっきり。そのまま暫く出て来なかったとか。

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