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左大臣助平(スケヒラ)の悩み「花鉄砲」その2
松之山親方のこと
助平のお仲間に松之山親方という変種がおる。助平の周囲に存在する変り者は別段親方に限ったことではないが、どうやら彼の場合は、外来種の大型淡水魚の如き強さと特徴を備えておるようだ。
この親方、実は土建屋のオヤジであるが、通称「ブル」と云われ、誠に恰幅良く、馬力という言葉は正に彼の為にあるのであろうかと思う程、力強さを感じさせる。
しかもその風体は、如何にもソノ筋に顔の利きそうな印象を諸人に与え、どちらかと言うと、当人にとってそれが仕事の上では、何かと得な面もあるようだ。
ある日のこと、座った目付きをした、地回り風のお兄さんが現場事務所を訪れ、素晴らしくドスの効いた声で「工事の安全祈願のお守りを買っていただきたい。」と言いつつ、何故かおてもやんの人形をぐいっと前に差し出したその時、奧から親方がひょいと顔を出し、お兄さんと目が合った。
すると途端に「ドーモドーモ、お勤めご苦労様でございます。何ぞ不便な事がありましたら。何なりと申し付けて下さい。ドーモドーモ」と言いつつさっさと引き上げてしまったとか。
しかしこの親方、見かけに反して意外と教養もあり、結構それなりに気配りも働くようではあるが、時折大層間抜けたところもある。まあそんなところが助平とウマが合う所以のようである。
孫というものは、とにかく理屈抜きでたまらなく可愛いものであるとは、世間一般に度々耳にする言葉であるが、松之山親方にも人並みにちゃんと孫がいる。しかも二人おり、これが賑やかという表現を通り越し、夕刻ねぐらの大木に集まった、ヒヨドリ達の如き騒々しさであるとか。
とにかく寝ている時以外は、キャーキャー・ピーピー騒ぎっ放し。しかし親方にしてみれば、この孫達がそれはそれは愛しくてしかたがない。
そんな様子をニコニコしつつ見ている助平であるが,実は内心面白くない。彼にとっては孫など遠い先の,夢物語の如き存在であろう。
助平その昔、花鉄砲遊びで懲りた事をふと思い出し、ほんの悪戯心で、親方に花鉄砲遊びなるものの話をしたところ、当人忽ち興味を示し、「それなる技を是非吾に教えるべし。」とせがむではないか。
助平、勿体付け「この技を会得するには、優れた運動神経と、並外れた肺活量が要求される。親方にそれなりの根性あるならば、伝授しないこともない。まあ、孫の狂喜いたす様が、手に取るように思い浮かぶ。」と、まことしやかに能書きこき、しぶしぶといった体で教え始めた。
ところが親方の鼻メドのでかさに、助平先ず呆れ。その鼻メドでは、豆の2・3個詰めたところで話にならぬであろうと思いつつ、「弾はコルクでもイモムシでも、要はソナタの鼻メドにぴったり合う物であれば何でも良い、後は努力次第也。」と言い、鼻の押さえ方から角度、鼻汁の出し方等々、適当に思い付くまま、如何にも尤もらしく説明したる後、逃げるように引揚げてしまった。
親方が早速孫相手に実行したのは、勿論のことであるが、後日聞くところによると、うっかり鼻から息を吸い込み、ミニトマトをノドに詰まらせ、孫の手前吐き出すのもはばかられ、そのまま飲み込んだとか。
その様子に孫達大喜びで奥方に「バーちゃん、あのねジーちゃんは凄いよ、鼻からトマト食べるんだよ。」
その言葉に奥方が溜息と共に結婚を後悔したのは、最早とても10本の指では数えきれぬようだが、助平の同類項には何故このようなバカが多いのか、筆者もつくづく理解に苦しむところである。
しかし、あの喧しい孫達に被害が及ばなかったのは、何より幸いであった。
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