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左大臣助平(スケヒラ)の悩み「女難の相」

 全く寒気を覚えることも無いまま,いつの間にやら恵比寿講も過ぎ去り,暦だけは遠慮なくめくられ、最早師走も半ば過ぎ。助平、今ひとつ気分は乗らぬが,足袋を履きコタツに入ると何となく師走の気分は感じるもの。

しかし気味が悪いほど暖かき日が続いたかと思うと,突然本来の季節に戻ったり,近頃の天気は世相と同様何が何やら訳が解らぬ。

 寒暖の差もどうやら落ち着きを取り戻したかのように感じる今日この頃。上州はいよいよこれからが本来の男らしい季節に入る。

助平、炬燵に入ったまま無為な時間を過していると、
「左様な有様では体が腐りまする。脳ミソは既に半分腐っておりますが、これ以上腐らせないでくださいませ。」
と奧に嫌みを言われ、渋々散歩がてら、晩酌のつまみ求めて外に出た。

街では一応師走らしく、そこそこ人の行き交う様子を眺めつつ歩いていると、風に付け髭ひらひらさせつつ、あまりサマにならぬ、少々くたびれた出で立ちの占い師に呼び止められ、

「貴殿には女難の相が顔の下のほうに出ておりまする。」

と言うではないか。
助平、つい釣られて

「顔の下の方とは如何なる箇所であるのか?」

と問うに

「そのう…鼻の下の方でありまする。」

助平全く臆せず

「いやなに、吾は幼少より女難の連続也、今更左様な言葉にタジログ吾ではない。」

と悠然とその場を後に。

占い師は見料取りっぱぐれ憮然としつつ、

「あのような御仁に限って、何れ躓くものよ。」

と独り言。

 日本海から押し寄せる湿気豊満なる空気が三国山脈にぶつかり,越後からの山並みにたっぷり雪落とし,山から里に駆け下りて来るのは,威勢の良い風のみ。

結局上州の里に雪景色は先ず縁が無いと助平、恨めしそうに青空に白く聳える三国連山の山並みを眺めつつ、この空っ風,妙齢のご婦人のスカートめくり上げるなら,まだ気が利いておるがと、モンローの古き映画の場面想像しつつ,ポケットに手え突っ込み,猫背歩きの如何にも爺むさい姿。

なれど違和感全くなく、街の風景に溶け込んでいるのは、さすがに年相応の証拠であろうか。

 と、突然目の前で突風にあおられ,すっころんだ婆さまを唖然と見ていると,

「ボケッと突っ立ってないでハヨ起こさんか!」

と叱られ,

「こりゃ失念した」

と手を差し延べ,立たせようとするも,この婆さま中々結構な栄養状態にあるのか,腰やら腹やら立派な肉置きよろしく,びくともせず。

仕方なく婆さまをかかえるように起こそうと,踏ん張った途端,

グキッ!「イテテテテ」

とそのまま婆さまと抱き合ったままその場にドテッ!

「助けてくんろー」

とても婆さまとは思えぬ,素晴らしく良く通った黄色い声に,何勘違いしたか,通りがかりのソリの入ったサングラスのオニイサン。助けるどころか,気味悪がってその場で110番。

「アノネー,女の人が目の前で襲われてんだけど,とてもじゃねえが気味悪くて手が出せねえのよ。」

と通報するや

「悪いけど付き合ってらんねーよ。」

とその場を後にスタコラサッサ。

助平あまりの腰の痛さに全く立てず,婆さまにしがみつき,しかし婆さま堪らず

「あっち行けシッシ」

と這って逃げるも,助平放さず

「助けてくれ」。

「何言ってんだ,助けて欲しいのはアタシじゃないか。」

そうこうしているうちにお巡りさんが駆けつけ,

「フジョボーコー容疑である。兎に角署まで来い。」

助平,婦女暴行だろうが何だろうが,助けてくれる奴が居れば有難い。とそのままパトカーに担ぎ込まれ,婆様共々署に連行されてしまった。

 婆さま,普段人と話す機会が滅多に無いとみえ,車中から署の中まで,若い警官相手に,隣近所の悪口やら、嫁のグチやら,はたまた説教やら,兎に角ぺらぺら喋りっ放し。

これには署員も辟易したか,結局疑いは忽ち晴れ,お巡りさんは呆れつつも,動けぬ彼を近くの病院まで送ってくれたとか。

やがて病院からの連絡で家人が駆けつけたが、その後の顛末は語るに忍びない。


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