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左大臣助平(スケヒラ)の悩み「野グソの如き君なりき」
注)お食事前の方はご遠慮ください

 野グソという言葉に何とも言えぬ郷愁を覚えるのは、昭和三十年頃迄に生を受けた者ということになろうか。

一般的には麦畑が好まれ、子供等は学校帰りの開放感から気が弛み、野道を遊びながらの帰宅途中に便意をもよおし、家に着くまで我慢できずに野グソを垂れたものである。

さすがに女児(オナゴ)で垂れる者はあまりいなかったようだが、大半の男児(オガキ)は何度か体験した筈である。

 畑にそっと分け入り、しゃがみ込めば首から下はスッポリ隠れ、風にざわめき揺れる麦穂の中にのぞく童の顔。のどかな田園風景の中に、何ともいえぬ一服の微笑ましき彩を添えたものである。

当然彼等はちり紙など持っている筈もなく、やむなく赤字で添削された習字の紙で拭き、己が名前丸出しなれど頓着なし。時を待たず近所の仲間にたちまちバレ、翌日クラスの笑いの種。

とぐろを巻いたソレは、やがて立派な肥料として役立ち、お百姓も特別目くじら立てたりはしなかった。

それにしても何故あの素晴らしい風景を、当時の画家や写真家は一枚も残そうとはしなかったのか、今にして思えば残念でならない。

 あれから早くも半世紀、助平未だにあの郷愁が心の隅にへばり付き、いつかチャンスあらば、あの醍醐味再び味わいたいとの思い、頭の隅から離れず。

しかしさすがに実行するには何かと障害あることは理解しておるようであり、例の如く無い知恵絞り小悪知恵を捻り出した。

 忠治で名高い赤城の南面は、山を背に日差しに恵まれ、北風に追いまくられることはあまり無い。意外に思うであろうが、助平は若き頃よりこの南面を歩くのが好きであった。

これといって特別手入れされたる様子もない、人気稀なる山道を、ぽつねんと歩く彼の様子を想像するのは、なかなかに難儀を覚えるであろうが、車にて僅か小半時で来られる手軽さも、彼の気に入っている要因でもあるようだ。

 実は助平の仲間にこの赤城に関わる男あり。その男、仲間内からぽんちゃんと呼ばれており、賭け事には滅法弱いくせに、何かとジャンケンで甲乙を決めたがるクセがある。

おまけにキミマロに似たその容姿は、時にはガラにも無く多少高慢なる態度を示せど、サマにならないせいか、何となく憎めないものを感じさせる得な男である。どうやらそれが彼の名の由来らしい。

先頃彼はお上よりこの地にある山小屋の管理運営を託され、子供等の野外教育とやらに張り切って取り組んでおるとか。

その噂、宮痔殿より聞かされた途端、助平はたと膝を打ち、早速ぽんちゃんに子供の頃味わった、野グソの醍醐味とその心得等、例の如く大層大げさに、得々と説いた。

「これは真に今の子供達にとって、野外教育には又とない良き体験になるであろう。ついては先ずそなたが体験し、その心得を会得したる後子供等に指導すべし。」の言葉が決めてとなり、ぽんちゃんすっかりその気になった。

 季節は早くも弥生も半ば、三寒四温とはいえ冬将軍は未だ行きつ戻りつ。咲き遅れた梅の今になって慌てて花咲かす様見ても、諸人達はことさら違和感覚える様子もないこの頃の陽気。

ぽんちゃん、赤城の南面を東西に走る,通行稀なる街道のすぐ上をくねる林道の中にてウロウロ・キョロキョロ。

場所と季節柄、当然麦畑は望みようもないが、むしろ枯れススキの中、街を見下ろす眺望を楽しみつつ、ふんばるソレは真に絶妙であろうと、探しあてたは程良い丈の枯れ草と雑草の入り混じった、見晴らし良き斜面。

運良く天候にも恵まれ、そこそこ暖かき中、いよいよ尻をまくり、やがてソレを垂れてみる。なるほど確かに絶妙也と納得しつつ眺望を楽しもうと顔を上げたその時、突然目の前を冬眠ボケの青大将がニョロニョロ、ギョロリ。

ぽんちゃん驚き慌て、尻丸出しのズボン引きずりつつ、下の道路に飛び出してしまった。勿論尻拭く間などあるわけはなし。

 時悪く通りがかった車のご婦人、カーステレオから流れる、シュトラウスのシャンペンポルカの軽快なリズムと共に、眼下に広がる景色を楽しんでいると、突如として目の前に現れた異物にビックリ仰天。

「キャー!変態が出た〜」 「・・・でも良く見れば、もしかしてキミマロかしら?

キミマロが何故このような所でお尻丸出ししてんのかしら?

そうか、これはロケやってんのかもしれない。

そうよ、きっとそうに違いないわ。でなきゃあんなバカいる訳無い。

こんな所に居たら、アタシも一緒に映っちゃうかも。

ケツマロと一緒の場面なんて、アタシまっぴら御免だわ。」

と慌てて走り去ってくださった。

すんでの所で痴漢にされるところ、彼の容姿が幸いし、結果的にはぽんちゃん事無きを得た。

後日彼は助平に向かって「春の野グソは、これまた実に趣き深いものがある。まあそこそこ良き教材を得た。」と胸張り言い放ったのは、顔に似合わず彼のプライドの高さ故か。


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