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左大臣助平(スケヒラ)の悩み 「両手に花 その2」
次女のおすみは呑んべいである。
一体誰に似たのか定かではないが、両親それぞれの家系に、呆れるほど思い当たる人物が存在したのは確かな事実である。
嫁に行く前の彼女は、男顔負けのそれは見事な飲みっぷりであり、職場の軟な男どもは、ことごとく歯が立たなかったそうな。
そのおすみも、姉に後れを取ってなるものかとばかり、下腹部見事に膨らませておったが、一月待たずして無事女子(おなご)を出産した。
しかし彼女にとって想定外だったことは、妊娠してから出産した吾が子の授乳期が終わるまで、酒が飲めぬという厳しい現実を突き付けられたことであった。医師である婿殿から、かかる話を聞かされた途端、茫然自失、口あんぐり。
今更後戻り出来ぬ故、必死に我慢の日々を送るうち、何事もやれば出来るもので、ふと気付けば一人前の母親になっておった。
かくして立て続けに二人の孫を授かった助平夫妻、婿殿からの吉報に、喜び勇んで産院に駆けつけるや、新たな孫の姿に感激もひとしお。
孫の顔をよくよく見れば、流石に女子だけに、ガッツ石松如き面体でもないようであり、一同一先ず一安心。
折よく於まるも赤子を抱きつつ、祝いにノッソリ顔を出し、奥と於まるはおすみを囲み、子を産むことの苦しさ、そして母になるとは、己が斯様に強くなることなのかと、しみじみ語りあっている最中、脇で遠慮がちに赤子を覗いておった助平は、孫のつむじが気になってどうにも仕方がない。
奥や娘に悟られぬよう、さりげなく頭のてっぺん覗き見れば、どうやら右巻のようであり、吾が家系の悪しき名残りは無かろうと胸撫でおろし、一人密かに安堵。
それにしても赤子の成長には目を見張るものがある。おすみの赤子は於まるの子同様に、日に日に顔立ちもしっかりしてくるようである。
しかしながらその顔つきが徐々にではあるが、何となく奥に似てくるのが、助平やや不気味。
時折家族連れ立ち、食事などに出掛けると、赤子可愛さに周囲の者達から声掛けられ、「まあ可愛いこと、お婆様にそっくり。」と言われ、奥の遠慮がちな「いえいえ、そ、そんなことありませんよ。」と返事しつつも、まんざらでもない様子だが、隣の助平を見れば、ムッツリ。その口は見事にへの字、目は天井。
なれど孫達可愛さのあまり、嬉しさ隠しつつ、一応義務かのようなふりしつつ、赤子をあやしてやって見るのだが、傍から見れば実は赤子にあやされておること、もとより当人知る由もない。
時に、近頃の婿殿達は何と赤子の面倒見の良いことか。彼等は吾が子の下の世話やら風呂、おもちゃ遊びと、実にこまめに面倒を見るようだ。
そこへいくと娘が赤子だった頃の助平は、情けないことにおむつの交換はもとより、お風呂の面倒さえ見たことがない。
於まるが赤子の時、折悪しく手の離せない奥に、愚図る赤子のおむつ交換を頼まれ、調子良い返事と共におむつを外した途端、「うわー!ンコしておる。こりゃ駄目だ。」と情けない事に、外したおむつそのままに、逃げ出してしまったという話、未だ家族の語り草だそうな。
そもそも仲間達の『ジーサマ馬鹿』振りには、吾関せずの助平であったが、気付かぬうちに、いつの間にやら彼も『ジーサマ馬鹿』の仲間入り。
彼が於まるとおすみの子を夫々両手に持ってみれば、孫二人を抱き抱えたるその姿、「どうだ、これぞ正しく両手に花である。」と得意満面に胸張り、何とも誠に誇らしげ。
しかし助平にとって、モソモソ動く孫二人の重さは、哀しいかな彼の支えられる限度を超えていたようで、危うく落としそうになり、忽ちその場にへたり込んでしまった。
娘達に嫌味や小言をチクチク言われても、まるで意に反さず、「両手に花のジーサマはそうざらにはおるまい。」とけろり。
そろそろ仲間達に「いっぺんに二人の孫を持つ身はいや大変だ。」と困った顔をしつつ、内心得意の心持にて愚痴ってみるかと、アホくさい企みがひょいと鎌首を持ち上げ、ふと苦笑いするこの頃の助平爺である。
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