助平の悩み 『トシ坊の初恋』
昭和40年代と言えば、世は高度成長の真只中であり、信じ難いかも知れないが、 その頃助平とその仲間達は高校生であった。当時の10代は好奇心の塊だが、 意外と純真さも兼ね備えた世代でもあった。 高校は男女別学が当たり前の時代であり、女子高生と手をつなぐなどはもっての外。 年1回の学園祭のフォークダンスが唯一のチャンスであった。 助平と何人かの仲間達は生物部に所属し、放課後はヘビやカエルを追いかけ、山野を飛び回っていた。 校舎の中庭、職員室の前には池があり、時折飼っていた青大将やシマヘビに運動させようと、 池で泳がせていたものである。 その光景を窓から見た教師達は、舌打ちし「馬鹿者達がまたあんなことをやっておる。」と呆れつつも 見て見ぬふり。まあ当時の先生達も、結構鷹揚であった。 そんな部活仲間の一人にトシ坊という、一見真面目を絵に描いたような男がいた。 顔を見れば田舎丸出しだが、彼は新田義貞や木枯らし紋次郎で有名な、上州は新田郷で生まれ育ち、 学校迄3里半の砂利道を、自転車で通ったものである。 冬ともなれば赤城おろしをまともに受け、鼻水垂らして必死にペダルを漕いだとか。 生物部は一見地味な部活のようだが、彼らにとって本当の目当ては、他校との交流であった。 女子高生は生物部に所属し、草花等の研究をしている娘が多いはず、との下心あってのこと。 研究会との名目の下に男子校の生徒達は、堂々と女子高の門を潜れたものである。 そんな少々不埒な目的を心に秘めつつ交流を計っておると、隣町の女子高生達と気安く行き来が できるようになった。勿論互いに研究など名ばかりである。 そのような楽しい交流の最中、トシ坊がある女子高生に恋をしてしまったようだ、との噂に部員一同、 顔を見合わせ「ヘッ!あいつがモテル訳ないだろう。 今に大恥かくだろうよ。」とからかうも、当人意外とケロリとしたもの。 助平もその噂に興味を引かれ、さりげなく相手の女子を確認すれば、なるほど如何にも田舎の 姉ちゃん然とした、小月という名前と顔が釣り合わない、少々大柄なあけっぴろげな女子高生であった。 交流会の折に、トシ坊ちゃっかり彼女の住所を聞きだしており、何時の日にか遊びに寄ってみたいものと、 企んでおったようだ。 ある日のこと、学校が休日であったのを幸いに、 「よし、これから彼女の家を訪ねてみよう。」とトシ坊一大決心。 早速自転車で出かけようとしたが、何だか手ぶらでは失礼かと思い、裏の畑にて大振りな大根を2本程引っこ抜き、自転車の荷台に括り付けるや、意気揚々とペダルを漕いだ。 勿論当時の事とて、事前に電話などする訳もなく、ぶっつけ本番訪問である。 先方に着いてみたら、幸い彼女は在宅しており、トシ坊ヘドモドしながら、プレゼントの大根を差し出すと、 母親が現れ「まあまあ見事な大根だこと。」と有難く受け取ってくれたそうな。 その後縁側に腰掛け、お茶など頂きつつ顔を赤らめ、時折どもりながら彼女と通り一遍の話などしたが、 彼はそれで最早満足。間もなく、ではさようならと言おうとしたら、母親が菜っ葉をお返しにと、どっさりくれたので、ペコペコしつつ荷台に括り付け、意気揚々と帰路についた。 当時、田舎の高校生のデートとは、まあこんなものであろう。 その後は特別な進展があるわけでもなく、高校生活は終わりを迎えたが、あれから既に半世紀。 今ではドラマの世界でもこのような光景は見られないだろう。 その後、彼女は如何なる人生を送っているのか、彼にとっては遠い思い出の1ページとして、 微かに心の隅っこに残っているようだが、ある日女房にこの美しい思い出話をしたところ、 バカ笑いされ、少々しょげてしまったそうな。
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